薬物依存症からの回復を目指す

モモちゃの言いっぱなし!

戦挙👊

~選挙スペシャル~

🗳️

五月の最終日、モモは約一年ぶりにボランティア活動をしました💪

何をしたかというと、モモが今住んでいる東京都中野区で六月七日(日)に行われる、中野区区長選挙と、区議会議員補欠選挙のポスター貼りです。

前回は去年、真夏の参議院選挙でした。

モモが推す政治団体のポスター貼りでしたが、結果的には立候補者十二名のうち、誰一人当選することもなく終わりました。

その際、組織票の強さというものを感じましたが、なによりも、国民の半数が選挙に行かないという現実を目の当たりにし、他人様の挙動より、自身のこれまでの無関心さを改め、日本の現状をより深く知ろうとするきっかけにはなったと思います。

そして向かえた、今年冬の衆議院選挙❄️

既存政党の望ましくない政策の続く中、保守系といわれる言論人が集結し、結束するような傾向も見られて期待するところもあったのですが、結果的には信じられないほど惨憺たる結果を見ることにもなりました...。

つわものどもが夢の跡...

でもないんだけど、モモも一時は虚無感を感じていました。日本は政治を変えないと救われない...でも、変えるための唯一の方法である選挙でも変える事はできないんじゃないのか😳?!  

momosukechans.hatenablog.com

その後、なりすましや二重投票などの不正が発覚して逮捕者が出る中、選挙結果そのものの疑惑を正そうと戦っている人がいる一方で、梯子を立て替えるが如く、次の機会を見据えて進み出す人もいました。

選挙が盗まれた!!

投票に行きましょう!!

道が違っても同じ穴のマグマ🔥...噴き出す穴は違えども源は同じ。

日本をあきらめていない人たちだとモモは思っています。

モモはそんな人たちを応援していきたいし、できる事があれば力にもなりたい💪...と言ってもポスターを貼るだけの事ですが、今回もそんな志を感じ、ボランティア活動に参加しました。

二度目のポスター貼りは前回と同じ場所。前回は猛暑で、掲示板のポスター貼り付け位置も高く、スマホの地図アプリに逆に迷わされたこともあって、丸二日もかかってしまいました。

今回は真夏日程度の暑さ☀️

事前にルートも確認して準備も万全にしていた事もあり、手際よく一日実働9時間で担当区域を終わらせることが出来ました。

やっぱり、蚊にはチクっと刺されちったけどね😓

momosukechans.hatenablog.com

ところで!!   前回も感じた事なのですが、ポスターを貼る掲示板は、だいたい人目につきそうにない場所に設置されてるような気がします。同じ場所にいくつも集中していたりね...。

調べてみると、安全なスペースの確保など物理的な条件の厳しさがあったり、置かれる土地の所有者の許可が必要になったり、その理由は自ずと理解できるのですが、やっぱり疑問を感じてしまいます。

こんなところにあって、誰が見るんじゃろ😳

モモの担当地域には、個人宅の塀が一箇所あっただけで、そのほとんどが学校公園など公共施設の植え込みやフェンス。他には、老人ホームやお墓を囲む塀などがありました。

大通りに面した学校のフェンスに設置してある掲示板もありましたが、細くて狭い道沿いに設置してある掲示板がほとんどでした。

このポスター掲示板...、見るとしたら子供?!   子育て世代?!   お年寄り?!...🤔

掲示板設置には前提として、地域全体で公平に住民の生活導線上に置く

...と、あるようですが、モモはその前提条件にはそぐわないように感じ、逆に見せたい世代だけに見せるために置かれているような気がしました。

勘繰りグリグリ🤪?!

生活導線とは、日々の生活行動に伴う「人の流れ」を線として捉えた概念

思い浮かぶのは、通勤する道とか駅、商店街など買い物に行く道沿いとかだけど、そんなところに設置されていれば嫌でも目に入るよね?!  

でも実際に設置されている場所は、どこも生活導線からは外れているように思います。

話は変わりますが、選挙に行かない世代は20代が最も多く、それに続くのが30代。逆に、選挙に行く世代は高齢者の60代・70代で、40代・50代はそのデーターの中程を占めているとの事。

生活導線で考えてみると、選挙に行かない世代の生活導線には掲示板は設置されてなくて、あまり見られていない。選挙に行く世代の動線には掲示板が設置されていて、必ず見られている。そのままデーターにも反映されているような気がします。

要は、選挙に行かない世代には選挙を知らせない、なるべく興味を持たせない。選挙に行く世代には支持政党の印象をより深く刻みつける。諸事情はどうあれ、結果的にはそんな意図があるのではないか...。モモはポスターを貼りながら道行く人たちを眺めつつ、そんな構造を感じずにはいられないポランティア活動でした。

今回、以前のブログでも記事にしたのですが、モモがSNS界隈で応援していた政治家志望の方が、有言実行、中野区区長選に立候補しました。彼にとって今回で三度目になる選挙です。

 彼の座右の銘は「追随者になるな、挑戦者であれ

20代の彼はモモからしてみればまだまだ若い...と、感じるところもあるのですが、彼に実際に会ってみて、話してみて、その誠実さと意欲、そして挑戦は、本物だと確信しています。

依存症から四毒抜き、そして政治への参加意識...これも、縁があって事!!

だからこそ、モモは応援しているんだっぺ😙!!

🍑

選挙制度は、遡れば紀元前八世紀には行われていたという記録があるそうです。日本での初選挙は明治二十三年の衆議院選挙が始まりらしいですが、選挙こそ民主主義を支える制度そのもので、人間が社会的動物として生きるために必要とされてきた仕組み。しかも、何千年も続いてきたもので、法律や憲法以上に大切なものだとも思います。

日本に限らず、その選挙が盗まれ操作されてしまえば、いつか必ず国は滅びてしまう...。日本の現状は嘆かわしいばかりですが...それでも諦めずに戦っている人がいる以上!!   微力ながら、モモもいっしょに抗っていきたいです💪今回の東京中野区の選挙...投票率が気になるところです...。

 

 

お読みくださりありがとうございました。🙇   モモ

懺悔はしない?!

~ブレイク~

この世には神も仏もいない...

でも、悪魔も鬼もいない...

いるのは人間だけ...

そんな考えを持つようになったのはいつの頃だったか忘れてしまったけど、そう思うようになったのは...

本当に人を信頼出来るようになってからだと思う...

そして、人に信頼されるようになってからだとも思う...。

上記の言葉は、ブログを書き始めた当初から何度か書いていた言葉ですが、特に無神論のような考えを持っているのでもなく...

モモが自然に到達した宗教観です。

今回は少し長いのですが、いつか書いておこうと思っていたモモの宗教観を書いてみました😙

実は!!  モモは若き頃、敬虔なクリスチャンだった事があります。その信仰度もわり〜と深く、信者としての活動も熱心💦に行っていました。

毎週土曜の礼拝と若者が集う夜会に通い、親戚や友人(バンドのメンツ)、卒業してから会うこともなかった同級生にも声をかけて布教活動までしていたこともあります。

聖書を読み📖、牧師の話を聞き、同教とはいえ宗派の違う友人と、真の信仰について激しく議論をすることさえありました。

宗教との出会い...そのきっかけは音楽。

ドラム🥁でした。

✝️

モモの実家は、祖父母が毎日お仏壇にお経をあげているような一般的な仏教、浄土宗。...と言っても、お墓参りには行くものの、子供の頃は宗教には何の興味もなく暮らし、まして耶蘇様なんて縁も所縁もありませんでした。

それが、学生の時に一時期通ったドラム教室の講師に誘われるままに行った教会で、信仰に目覚めてしまったぁ...?!

純粋無垢で熱心なクリスチャンになってしまいました...アーメン🤗

そのドラム講師は関西一とも言われるプレイヤーで、人格的にも尊敬できる人でした。モモのドラムの実力を最初から認めてくれていて、それで芽生えた信頼関係もあり、誘われた教会に躊躇することなく行きました。

⛪️

初めての教会、小さな教会なので厳かな雰囲気はなかったけど、礼拝堂はそれまで嗅いだことのない独特な匂いがした記憶があります。牧師さんに聖書のお話や信仰のお話、お祈りの仕方や偽宗教についてのお話などを聞かされ、信者の中には世界的に有名なアーティストがいるとその名前を聞かされながら、その日のうちに洗礼まで施されました。

ドラム講師が信仰に心底陶酔していた方で信頼できる人でもあったため、モモはそのまま好意として教えを受け入れたとも思いますが、音楽以外に何もなかった当時、寂しさから何かしら人との繋がりを欲していたとも思う...。

📖

聖書や十字架を携帯するような事はありませんでしたが、モモ自らが考え出した布教方法で人を集め、それを牧師さんが礼拝で信者さんたちに名指しでお披露目した事で注目されるようなり、一目置かれる存在にもなりました。

今のカルトのように、商品を買ったり、献金をさせられたりする事がなかったのもありますが、クリスチャンである事で繋がった人たちと同様、あの頃は神の存在を真面目に信じていたと思います...。

バンド🥁で上京してもその信仰はずっと変わらず、宗教活動とは離れたものの、心には常に神の存在がありました。

😈

しかし、上京して苦難の道が続く中、一時期その真逆の悪魔教なんてのにも陶酔してしまいます。その理由は.....上手くいかない世の中を神に見立てて抗うというより、捻くれた人間性の反映?!   若気の至り?!

いやさ...当時のオカルトブームに影響されての事だったとも思います...。

再び信仰に戻る事をリバイバルと言うらしいですが、特にそんな意識を持つわけでもなく、日々、何がなくとも常に祈る事だけは続けていました。とはいえ...そこに信じていたはずの神を感じる事はすでになく、人間さえも信じられなくなっていました。

その後、本を読むようになってからの事ですが、沢木耕太郎氏の「人の砂漠」に書かれていた言葉が心を動かします。「捨てられた女たちのユートピア」という短編ルポルタージュに書かれていた牧師さんの言葉。

見えない神なんて信じなくていい、目の前にいる私を信じろ

こんな言葉だったと思いますが、モモは合点が行き、全くその通りだと思うようになりました。

決して、目に見えないから信じないわけではなく、自分だけではなく他人を含めた今までの人生を振り返り、そこに神という力は存在しなかった、そこには人間同士のしがらみしかなかった...そう心底思えたからです。

宗教に支配された国家然り、ホロコースト然り、パレスチナ然り、今も続く宗教絡みのジェノサイド然り。

悪魔の所業を神が助けないのではなく、神も悪魔も存在しない世界で人間がやっている事。そこを理解しないと物事は解決しないとも思いました。

何がこの世界を動かしているのか...🌏

他国の宗教は、昔、国の支配者に知らしめられる事によって拡散されたと思います。それは民を支配するための道具。

特定の宗教を定めている国の宗教は律法であり法律、まさしく支配のための宗教だからこそ信じさせられてしまう。信じないと生きていけない...。

経済的に豊かになっている国ではその緩和が見られ、宗教以外、経済と人間の結びつきがこの先の世界に見られるような気もするけど...支配するための宗教は、国民の疑問と思考を封じるための道具になっていると思います。

日本では宗教の自由があるものの、それに変わるものがある。

それはマスメディア。...だと言っても過言ではないと思う。

昔、モモの音楽の大先輩のアメリカ人が言っていたのですが、

「テレビの言うことを日本人は皆信じるている...

 テレビは日本人にとって神様みたいなものでしょ...」

今はそのテレビ神話も崩れていると思いたいですが、いまだにテレビ信仰の信者もいる。テレビは何者かに支配され、それを何者かが支配する。支配するための道具としては宗教と同じだとも思います。

懲役に行ってたくさんの本を読む機会があり、ユダヤ教、イスラム教、仏教、キリスト教に関する本を改めて読む機会もありましたが、史実として読んでも、信仰として読んでも、やっぱり信仰というものに疑問しか残りませんでした。

神なんていないはず...

もっと冷静になれば、世界中の人たちもそれがわかるはずじゃないのか....

なんてね🤪

出所して依存症関連の本を読むようになり、薬物依存や脳科学、さては遺伝子から進化論。そこから派生してリチャード・ドーキンス氏の「神は妄想である」という本に出会いました。「利己的な遺伝子」という本で有名なイギリスの学者さんですが、モモの宗教に対する考え方を補う内容が書かれていて、モモ自身の考え方がさほど間違っていないと感じる事が出来ました。

今現在、祈るという気持ちは持ち合わせいても、何か人間を超越したものに祈るという事はもうありません。

この世には神も仏もいない...

でも、悪魔も鬼もいない...

いるのは人間だけ...

がいないというのは、仏の教えは残されているものの、お釈迦さんは遥か昔に亡くなっているという現実がある。

お釈迦さんは人間。

しかも、仏教の本質は、自らが悟り、自らを自らが救うもの。そのアドバイスをお釈迦さんが言葉で残したものがお経。

どこにでもある仏像の頭を撫でて、自分の頭を撫でると頭が良くなる、そんなの仏教ではないし、宗教でさえない。今、日本にある仏教はまやかし、葬儀屋の延長、まったく違う別な物だとモモは思っています。

個人個人がお釈迦さんのその教えを正しく受け入れ、悟るべきものとしての宗教だと思います。

そして、世界に拡散されたどんな宗教も、必ず、人は救われないといけない、という被害者意識の上に信仰が成り立っているように思います。

原罪...?!   人間は生まれながらに罪を負っている?!

それこそが間違った意識だとモモは思っています。

救われるためには何をすべきか...?!

そうやって、人間を苦しめる何かを作り出し、それに耐えて抗い、倒す事で祝福と天国への鍵を受け取る、というような贖罪思想を作り出す。間違った被害者意識は、間違った加害者(悪魔)を作り出す。支配者に「これが敵」と言われたら、それを憎み、それを倒すことだけに意識が向かう。

神社仏閣や聖堂を破壊することをいとわず、ジェノサイドを正当化する...

肥沃な三日月地帯も今まさにそんな状況になってないかい?!

捏造された史実やプロパガンダによって幾つでも悪魔は作り出されていく。というより、悪と正義を超えた分断を生み出しているようにも思います。分断と分裂は選民思想を生み出し、本当に心ある人間たちの教えさえ支配の道具に成り果ててしまったと思います。

がいない事を理解すると、悪魔がいない事も理解できます。悪魔も鬼も存在しない、それを作り出しているのは人間だと...。

その人間こそが救われるべき人間であり、救うべきは同じ人間で、他者を含めた自分自身であるはずなのに、神という目に見えない何もしない存在に頼るからこそ、何も解決せずに人類は愚かな道を歩み続ける...。

宗教そのものの教えは否定はしませんが、遺された史跡を含め、すべて人間が作り出したものだし、本物も偽物もありゃーしない。宗教は、先祖たちが残した愛あるメッセージであり、教訓としての認識はあっても、人間を超越したものは決して存在しないとモモは確信しています。

そして人を救うのは...

究極のところ、 と、執着しない愛情

そうじゃ...ないだろうか😳...というのが、モモ個人の宗教観です。

🍑

薬物自助グループNAに通い始めた当初、ハイヤーパワーという聞き慣れない言葉を耳にしました。最初、モモはその言葉に戸惑いを感じていました。

やっぱりNAも神様を頼ってしまうの...?!

しかし、NAに数回通ってみると、それが誤解だというのがわかりました。

ハイヤーパワーとは、自分一人の力を超えた大きな力(神・自然・仲間とのつながりなど)として理解される概念で、特にアルコール・薬物などの依存症からの回復プログラムで、自我中心性を手放し回復を委ねる対象として用いられる言葉です。

自らが感じることのできるパワーを拠り所にするものであって、特に神や宗教に固執しない概念でした。

モモの場合...

モモの人となりを見ているのはモモ自身。

モモのやることなすことは、すべてモモが見てる。

モモが見てモモが戒める......そうやって今を生きています。

そして、それこそが...日本人だと思うんだよね。

スモモもモモもモモのうち🤗

 

 

お読みくださりありがとうございました。🙇‍♀️   モモ

リチャード・ドーキンスの過激派無神論

www.ted.com

三つの心得

~依存症外来三年目を向かえて~

🎏

五月に入って、依存症外来に通院して三年目になりました...。

X(Twitter)のモモのフォローワーさんの中には十年を超えている人もいるそうなので、三年というのも短いとも言えるのでしょうが...

依存症は一生付き合っていくものと考えれば、時の長さはあまり関係ないとも思っています。

初診から三年目を向かえるまで、何事もなく順調には行っていないモモなのですが、脇道にそれそうになっても、その都度、元の道に戻り進む事が出来てもいます。

歩き始めた頃は、先の見えない凸凹道...

先なんて見なくてもいい、足元だけ見てしっかり歩こう。

そんな生活の中、倒れそうになっても、家族や音楽仲間達が、モモの手を離さないで掴んでいてくれました。

この繋がりは他者からの一方的な助けではなく、モモ自身の行動もあっての事だとも思っています。

モモのこれまでの依存症との付き合い方は、過去のブログ記事で書いてもいますが、三年目を向かえた依存症外来での出来事と、最近思う事を少しだけ書いてみたいと思います。

依存症外来に通院を始めた頃、今日は何を話そうか...そう思う事がよくありました。それはそれで迷い毎で、何故こんな事を考えているのかと気重な時もありました。

これって、おかしいよね😅?!

そこから、病院に通う事の意味を考えるようになり、話すことがないなら話さなくていい、今の状況や心の状態を報告するだけでよいと思うようになりました。渇望やスリップなどは依存症の症状、病気の症状だと認識し、それを素直に報告する。

風邪を引いて受診したら、問診で頭痛や喉の痛みを訴えるのと同様に、心の丈を正直に伝える。それが医師と患者の関係🤝...でしょ?!

作り話や嘘をつくなんて本末転倒...病院に行く意味がなくなる。

もちろんそういう気持ちになれるのも、モモの主治医が、依存症というものを理解している人だからなんだけどね...。

薬物との距離が置けるようになってくると、今度は主治医の専門家としての意見を聞くような事もありました。

モモの主治医は三十年以上の臨床経験を持つ医師。著作本も多数書かれていて、さらにオールドメディアやニューメディアの媒体にも多数出ている方。

日本の薬物依存症の医師としては第一人者でもあります🧑‍⚕️

依存症の本を読んでいて疑問を感じた事などをメモに書き留めて、通院した際に聞いてみる。

なんといっても、使用経験はないものの、薬物や依存症の知識は歴史を含めて知り尽くしている方。モモが読んだ外国の依存症専門書の監訳などもされているので、質問の答えも理を得てる。

専門医にとってはたわいない質問かもしれないんだけど、モモが質問すればちゃんと真摯に答えてくれます。

ちょうど三年目の受診日にモモはこんな質問をしました。

「先生、モモの依存症は重症ですか?   それとも...」

「普通だね...」

普通というのは個人的な病気の度合ではなく、モモのような患者が大多数いるという事。薬物依存症に罹患していても、病気の進行が止まっていれば普通に生活ができ、仕事などのパフォーマンスも保てる人。普通をモモはそう理解しました。

反面、そうでない人とは、医師から処方される薬物を含め、何らかの薬物を使わないと生活に支障が出る人。薬物によっては離脱症状が深刻な人。そんな人が重症になるのかな😳

そして、以前名前だけ聞いたことのあるコンサータというお薬の事を質問したのですが、コンサータはADHD(注意欠如・多動症)の症状があって生活に支障がある患者さんに処方されるもの。特に処方を希望した訳ではありませんが、モモには必要ないお薬だと言われました。

でもね、向精神薬はあくまで対処療法であって、そもそもの話、先天性のものでない限り、心を病む病気は食生活に原因があるとモモは思っています。

時に、依存症はアルコール・薬物に限らず入院する事もあるよね?!

モモは薬物での入院経験はありませんが、入院したとしても、薬を抜けば普通に生活できるのであれば、これも普通の依存症なんだと考えてもいいのかな...。

二年目のスタート時もそうだったのですが、三年目になって、月一だった通院を二週間に一度の通院にしてもらいました。家族が謎の感染症で寝込んだりして、モモ自身危うい事象が続いていたのもあるのですが、気持ち新たにスタートをする上で必要だと思ったからです。

そして、先日の通院は久しぶりに家族同伴で病院に行きました🐾

帰りはお散歩の予定だったのですが生憎の雨☔️

でも、この日は予約診療にもかかわらず、なぜか患者さんが少なく、早めに順番が回ってきました。診察は、ほとんど家族がしゃべりっぱなしで、モモは最後に二言、三言しか話せませんでしたが...一緒に行って良かったと思います。確か...モモたちの次の患者さんも親子連れだったかな...。

この日、主治医が三つの気をつけるべき事を指折り話してくれました。

一つ、死なない事

二つ、逮捕されない事

三つ、失敗しても諦めない事

どれもわかっている事なのですが、モモは改めて先生の言葉を家族と共に反芻しながら、雨の中を散歩なしで帰宅しました。

死なないとは...自死を含めての事だと思いますが、薬物をやる以上、用法と用量によっては死んでしまう事も無きにしも非ず。覚醒剤や大麻では滅多にない事で、それ以上に危険なものを日本人は打たされている世の中でもあるんだけど...。依存症も、命あっての物種だからね。ちなみに、米国を蝕み、今日本に入ってきている新種のドラッグは論外、元々は医師が処方していた薬とはいえ、殺戮兵器だとモモは思っています。

逮捕されないとは...依存症専門医によっては、逮捕されて入牢する事を違法薬物の副作用に例える方もいました。その厳罰は依存症の治療を妨げる悪弊であり、人によっては依存症がさらに病んでしまう場合もある。回復を目指す中でたとえスリップがあったとしても、これこそ一番避けるべき事だと思います。

失敗しても諦めない...スリップは罪じゃない、失敗しても諦めず、問題点を修正して再スタートする。それが回復への行動。

焦らない、比べない、諦めない。

主治医の先生には先生なりの想いがあって言ってくれたと思いますが、モモはモモなりに理解しています。

🍑

この日の診療で、もう一つ心に残った言葉がありました。

先生曰く「一生、薬物をやらないと誓いえる人なんていないと思うよ...」

モモも、そんな心持ちで依存症と向き合うのが良いんじゃないかと思う。

ダルク創設者の近藤さんが言っていました...「死ぬ前に一度だけやって死にたい...」って😛

とはいえ...

近藤さんは癌に侵されていた時、痛み止めのためのモルヒネさえ使わずにお亡くなりになったそうです...。

依存症との付き合い方は人それぞれありますが、自分を追い込むのではなく、今はやらない、今日はやらない...それを続けていくだけ...

モモはそれでいいと思っています。

 

 

お読みくださりありがとうございました。🙇🙇‍♀️   モモ

追悼・大野雄二さん

~追悼・大野雄二さん~

モモがドラム🥁を始めたきっかけは...

ビートルズでもなく、アメリカの音楽でもなく、イギリスでもなく、

日本のロックやフォーク、歌謡曲でも演歌でもなく...

テレビドラマのサウンドトラックでした♫

最初、井上堯之バンドの「太陽にほえろ!!」のドラムに衝撃を受けたのですが、その後、ミッキー吉野グループ(ゴダイゴ)の、やっぱりサントラ音楽に影響を受け、ミッキーさんと渡辺香津美さんとの共演ライブ「カレイドスコープ」というアルバムでポンタさん(村上秀一)を知ることになり、フュージョンやジャズの方向へと志向が向かいました。

以前投稿したブログ記事「ドラム・バンド・ドラム」に少し詳しく書いていますが、

momosukechans.hatenablog.com

日本の歌の日本語の歌詞というものに共感を感じなかったモモは、ジャズ・フュージョンを含むサントラなどのインストゥルメンタルを好んで聴いていました。

ゴダイゴも聴いていたけど英詞だったでしょ🤭?!   歌声もサウンドの一部として、韻を踏む感じやノリが好きで聴いていました。

🎧

ジャズ・フュージョンもさることながら、テレビドラマ、映画、アニメ音楽など、今のようにサントラが注目されてCD音源化されていない頃からのサントラマニアでしたが、その中でも一番好きだったのが...

先日お亡くなりになった大野雄二さんの音楽でした。

大野さんはジャズピアニストであり日本屈指のコンポーザー。歌ものもさることながら、ドラマや映画の中で流れるメロディーの奇抜さとアレンジの美しさは、後に自己流で作曲やアレンジをするようになるモモも多大な影響を受けました。

パパと呼ばないで〜気まぐれ本格派までの石立シリーズ全作品、人間の証明、野生の証明、犬神家の一族、小さな旅、言わずと知れたルパン!!...他国でも評価されているその功績は、名前は知らずとも、曲は誰もが知っていると思います。

地元広島の小さなレコード店で初めて見た小坂忠とウルトラの「気まぐれ天使」のLP音源。その時には手に入れることが出来ず、上京してから長い間探すことになりましたが、秋葉の石丸でCD音源化されたものを手に入れることが出来た時の喜びは今でも忘れません🤩

なんと言っても、都内の中古レコードショップに20,000円の値をつけて探してもらってもいたんです🤭...見つかったと連絡はなかったけどね。

 

気まぐれ天使OSTとレアな原作本(松木ひろし作)

当時、太陽にほえろや必殺シリーズなどのメジャーどころはCD化されていましたが、大野さんの楽曲はルパン3世に限っての音源しかない。モモは特に石立ドラマシリーズの音楽が好きだったので、テレビの再放送時にテレビスピーカーにラジカセを密着させて録音し、耳コピして打ち込みで再現して聞いたりしていました。

最近では石立ドラマを扱う番組がYouTubeやプライムビデオなどで放送されています。そんな状況を素直に喜び全て視聴していますが、音源はというと、歌が入っているものは発売されているものの、ドラマの中で流れるサントラの音源化がない...。

あのドラマのOSTが発売されているのに...

何故、大野さんのは音源化されないの😳?!

それを実現するべく、サントラ分野に特化したVapレコードにメッセージを送ったり、大野さんのオフィシャルサイトに直接メッセージをしてみたり...。もちろん何の反応もなかったけどね🥺

YouTubeで大野さんのドラマのサントラをAIで復元して投稿されている方の動画を最近見つけたのですが、再生数やコメントの数を見ても、そのサントラファンの多さを再確認するとともに、楽曲の音源化もいつか叶うかも...と、感じていた矢先での訃報でした。

モモ、実は大野さんとお会いしたことがあります。...と言っても、直接面と向かって会ったわけでもなく、お話もした事はないのですが...😛

若き頃、まだ二十代でしたが、上野にあるJazzの老舗ライブハウスにお客さんとして行ったことがあります。当時はライブはもとより、私服もバンドマンぽい派手な服でお出かけしていたモモなのですが、ライブハウスの客層はスタンダードジャズを聴きにきた大人ばかり。若い人も若干いたとは思うけど...、渋めのおじさんやお兄さんたちの中で少し浮いた存在に感じた記憶があります。

そんな視線を感じながらも客席最前列に陣取り、大野さんがリアルで見れる事に興奮気味。最初の曲は、スタンダードの「枯葉」♫で、そのテーマのインパクトは今でも心に残っています。

家族が同行してくれたのですが、モモは、

「サントラ音楽を演奏する人だから、テーマがしっかりしてる!!」

「スタンダードな曲だけど、さすが!!   大野さんが弾くと違うわぁ...」

...って、なんか訳のわからない説明をしていたと思います🤭

🎹

ライブ休憩だったか...終了後か?!...モモはライブハウスのトイレに用便に行った時の事、なんと!!   大野さんが隣に来て関東の連れしょん〜🤪!!

えっ!!! Σ(゚д゚lll)あの...大野雄二さんが...モモの隣で......。

思わず横を見て👀、目が合ったような合わなかったような...会釈したのかどうかも思い出せない...😳

もちろん!!   シャイなモモだから、話しかける事はできなかったんですが、席に戻ってその事を家族に話していると、その近くの席に大野さんが来て座り、スタッフなのかファンなのか...それとも芸能界の人間か...テレビの話などをされているのが聞こえてきました。

その後どうやって帰ったのかもう記憶もありませんが...。ライブを見ていた時のモモ自身の姿が頭に浮かぶ不思議な感覚と、ステージ一発目に演奏した枯葉のメロディーが今でも心に残っています...。

モモの場合、大野さんは一人のアーティストというより、いつか行ってみたい場所、のような存在だった気がします。

🙏

追悼・大野雄二さん

🍑

実は、石立鉄男さんに会えるチャンスが一度だけありました。石立さんが出演した最後の映画「ブレイク・アウト」の舞台挨拶だったのですが、モモは予定していたにもかかわらず用事があって行けなかったんです...。また機会は訪れると簡単に考えていたのですが、その後しばらくして石立さんがお亡くなりになりました...😢

最近、有名人を含めてたくさんの人が亡くなっている...。大野さんの訃報には老衰とありましたが、現役だった人がいきなりの老衰かい...?!  今回はこれ以上は掘り下げないけどね😳

モモの家族の母親の口癖が「オバケと後では出ないよ」だったそうですが...

人間はいつどうなってしまうか誰にもわかんない...

会いたいと思った人がいるのなら、後回しにしないで会っておくべき!!

...って事だよね。

 

 

お読みくださりありがとうございました。🙇   モモ

パッション(受難)

~愚痴ゃ、愚痴ゃ~

以前のブログに、日本はたくさんのチューブに繋がれて血液から栄養まで供給されているからこそ生命を維持できているのであって、そのチューブが外されてしまえば、忽ち瀕死の状態になると書いた事があります。

だから本気で戦争なんてできるわけないじゃん?!

...って😳

momosukechans.hatenablog.com

中東の騒乱で原油を含めた必要不可欠な原材料が減ることで、まさしくそのチューブが一つ一つ外されていると思うんだけど...というか、チューブそのものが石油製品じゃん😳

最近、政治系YouTuberさんたちが、特に危機感を煽るのでもなく、日本から無くなっていく物を予測的観測で訴えていますが、皆まだそれを肌で感じる事はできていないはず...。

モモでさえ自分のまわりで物がなくなっていくという現実は、夢では見たけど、まだ実際には起こってはいません。

四月半ばから、特に必要とされないものが無くなると言われてましたが、6月になると必要不可欠なものが無くなってしまうとも言われてる...。

農業、工業、建築(塗装)、医療...どんどん影響が出ているらしいけど、モモの現実の生活にはまだ反映されていない...。

今、困らないのは、国内備蓄を放出したり、まだ僅かに他国からのチューブがつながれているから...?!

ただ、物の値段は少しづつ上がってる😢

政府は...数ヶ月は保つとか年内は大丈夫とか言っているけど、数ヶ月後はどうするとか、来年はどうするとか、現状を回復させるための道を示してはいないよね?!

大丈夫、大丈夫、まだ大丈夫って...このままだといずれは無くなってしまうのに、何が大丈夫なんでしょ?!

質疑応答にさえなってなくない?!

そもそも、選挙前に掲げていた公約も雲散霧消言行不一致だし、それを指摘する言論人が叱咤激励するも、何とかしたくても出来ないんじゃなくて...

確信犯的にやらない!! 

やろうとしている人の邪魔をする...。 

命を繋ぐそのチューブが外されているというより、自らが外しているように思えます。

モモだけじゃなくそんな風に感じてる人はたくさんいるとは思いますが、まさにこの機に乗じて、もっと最悪な事も進んでいるよね。

緊急事態条項国家機能維持条項

これが成立して仕舞えば、もっと非道な状況に日本が陥ってしまうような風潮も聞かれます。

成立後に今のトップが同じかどうかはわからないけど、制度が発動されてしまえば、そのトップの言ったことが法律としての拘束力を持つという事だから、悍ましいったらありゃしない😱

国民を騙し、国民から搾取し、国民をほったらかし、

その命さえ奪っていく...。

そんな人間たちの思惑が法律になってしまったら日本は終わりじゃん😳

最近、毎日のように救急車🚑のサイレン🚨聞いてないかい?!   

最終手段パンデミック💉なのか、災害🫨なのか、戦争⚔️なのか...。

それをゆっくり静かにやっていくのか、急激な変化を起こして突き進めるのか...そのやり方は分からないけど、それを進めていこうとする事自体、間違いないとモモは思っているし、もう始まってるじゃん!!

アメリカのおっちゃんも戦争がすぐ終わるような事を度々言っていたけど、ヨーロッパの戦争同様に終わるどころか根が深くなるばかり...。 最初は諸悪の根源と戦ってくれてたと思いきや、今はそれに飲み込まれてしまってるかのようじゃん😞

しかも戦争が長く続いていくような話が囁かれるようになって、原油危機のニュースがあまり聞かれなくなってると思う。

それも少し怖い...😳

原油も買えない中、食料を含めて国内備蓄をすべて出し尽くす。全部が一度に無くなる事が起きて仕舞えば、起こさせれば、日本は大パニックになるじゃん?!

そしたらきっと、緊急事態条項→国家機能維持条項を成立させるために、政治、オールドメディア、工作員たちが動きだすんじゃないかな🤔?!

オールドメディア😈で危機感を煽り、理不尽な現実を国民に見せることを目的とした情報の操作、そして印象操作。

そしてきっと、罪のない人たちが犠牲になるに違いない😠

罪人たちは嘘をつき続け、罪を重ねつつ、裁かれる事もない。

日本はもう愚痴ゃ愚痴ゃだよね...。

方や、日本を変えていこう💪、良くしていこうと啓蒙する人たちは選挙を棚に上げてる。でも、今の選挙はもう戦う術になっていないような気がしています...。

それでも選挙に望みを託さないとダメなのかい...?!

政治家はもう変わらない、選挙では変えられない、自分たち国民が変わるしかない。

昔、タイガーマスクというアニメがあったけど、反則プレー満載の虎の穴のレスラーと戦うタイガーは、反則をしないフェアプレーのみで戦っていた。けれども、最後の最後、虎の穴のボスを倒すために反則の限りを尽くして諸悪の根源を倒す事ができた。

それを見ていた嵐先生が言った言葉が胸に刺さります。

「たとえ悪人の誹りを受けて死のうとも、

 最後の邪悪を倒す覚悟」

それくらいの覚悟がないと今の日本は変わりっこない...と、思いつつも、それは最後の最後の手段だとも思う...。

そんな事をしなくてもいいように今やらなくちゃいけない事をやるんだよね?!

それは備蓄だけじゃなく、知識もつけとかないといけない。

起こる時は一気に変わる?!...起こった時に最悪のケースでまごつかないようにしないといけない。

生き残らないといけんじゃろ!!

今回、少し愚痴り気味に書いちゃいましたが、先の不安が想像できないほど世の中が支配されている事に得体の知れない恐怖を感じようとしています。

感じられなくさせようとする全てのものを断ち切って...

ママが退院😺もうすぐわたちもお家に帰るんだぁ...

🍑

先日、モモの地元広島でのライブに向けての打ち合わせと食事会がありました。今の日本の状況を鑑みて、夏が過ぎての秋にライブができるのか...と、モモは不安を感じたりするのですが、集まった人たちがライブに向けての抱負を語る中、マイナスになるような事は話せませんでした。

集ったバンドのメンバーが日本の現状を知らない筈はないのですが、前を向いて進んでいる人たちにマイナス思考は感じられませんでした。

どんな状況になろうとも、自分たちのやるべき事をやる!!

そんな思いと勢いを感じ、今話題にする事ではないと思ったんだよね...。

兎にも角にも!!

モモも前を向いてやるべき事をやり続けたいと思います💪

 

 

 

お読みくださりありがとうございました。🙇‍♀️   モモ

GWSP版「依存症は言い訳づくし」

~安否確認?!~

転けてもすぐ立ち上がる。

その時、躓いた石っころをそのままにしない。

取り去り放り投げてから前を向いて歩き出す。

✉️

ある日のこと、当面の間予定が何もない状況で、何やら心をざわつかせるメールが来てしまいました。

以前、薬物で交流のあった人物からのメールです。

その方とはNAでも顔を合わせる事がたまにあり、モモのスリップにも?!

...いやさ、断薬するきっかけにもなった人です。

(ちなみにモモは、現在NAには行っていません)

 

 生きてますか...?

 

幾たびかの躓きを経たのち、依存症外来やNAへ通い始めると同時に、薬物関連の連絡手段を無くす手立てを施しました。

最初は秘匿性のあるアプリを削除することでしたが、最終的にはスマホ使用をやめ、ガラホにすることで状況があきらかに変わりました。

しかし、連絡はできないものの、来るものに対して、一部、遮断をしていなかったのがそもそもの原因です。

 

 もし...よければ...

 

モモが今どういう状況にいるのか...心配というより確認したかったように思いますが、安否確認のようなやりとりで現在のモモの状況を確認した後、再び会うことは可能だろうか?   ...とのことでした。

特に強く要望めいた言葉ではなく、遠慮がちに言葉を選んで問いかけられた言葉でしたが、その意図もわかっていたし、モモの導火線にも小さな火がついたと思います😛

......🔥

メールが来たことはその場に一緒にいた家族にも見せ、移動中でもあったので、相手には今のモモの状況を簡単に伝えて後程返信する事を伝えましたが、家族には相手が会うことを希望していることは知らせませんでした。

モモには、何かしら期待する思いが発火しつつあったんだと思います😓

そして...改めて近況と相手の体調などを確認しつつ、会うことは再使用をしてしまう可能性がある事を明記した文面を送りながらも、メールではなく別のツールでお話することを提案します。

その理由は、秘匿性の高いSNSで話したいというものではなく、単にガラホだとメールが打ち難いからというものだったんだけど、相手の状況次第では再使用できるのでは?!

継続してきた期間の長さを感じつつもそんな気持ちが湧きつつ...その気持ちは少しずつ大きくなっていきました。

そして、ここから依存症特有の言い訳思考が始まりました。

メールでの相手の状況は、使用を続けてる感じもするし、断薬してるとも言えそう...。チャットで話すとしても、今やらないでいることで生活できているモモの現状を話し、相手に伝えられる事もあるような気持ちがありました。

でもその裏で...相手がまだやっていて手に入る状況を想像してしまい、モモから誘ってしまったり、誘いに応じてしまうのではないか😳、最終的に脳はそれを欲しているのは間違いないんだから、抗えっこない..。

そのための言い訳は新たな言い訳を生みだし、こんな事があったから、あんなこれが起きたから...って、自分の中で言い訳を正当化していきます。それが辛いとか苦しいからだけじゃなく、何も問題がない充実した時間を過ごしていたとしてもです。モモの場合はそうでした。

一旦、頭で考え始めてしまうともう止まらない🤪

その夜🌛、お布団に入っても妄想が止まず、ざわついた時に起きる全身の震えが、いつものよう起きて眠れなくなりました。

ここで家族に相談すればよかったのですが、そこには依存症特有の負のストッパーが働いていました。話せば会う事を否定されるのがわかっていたからだとも思います。

だからこそ、お話だけで済む、やらないで済む、そんな都合のいい言い訳を作り出していたんだと思います。

☀️

何も予定がなくなった時にこんな連絡が来たのは何故だろう...

タイムリーすぎる😛......もしかして 、「試されてるのかい?!」

断薬を選択した時、今回の相手の目前でスマホをぶち壊して意思表示をし、お互いにとりあえず三ヶ月はやめてみませんかと言ってスタートした断薬。あれからずいぶん時間が過ぎています...。この「試されてる?!」という気持ちに素直に従って行動していれば、危険をもっと簡単に凌げると思う。依存症外来の主治医も言っていたのですが...

🙈会わない、🙊連絡を断つ、🙉これがやっぱり正解なんだよね。

でも、作り上げた言い訳を根拠にしてモモは相手のアカウントに連絡を入れ、そして、誘いに応じて会うことを了承したメッセージを送りました。メッセージのやりとりを続けているうちに、やりたい気持ちは中途半端なものではなく強くなっていき、確信的なメッセージを送っていたと思います。

相手からお店との取引が上手くいかないと連絡が来れば、手に入らなければいいかも...と、思いつつも大まかな行動は変わっていない。

手に入ったと聞いて仕舞えば、まだ再使用をしたわけじゃない...と、言い訳を思いつく。

目の前に置かれるまではまだギリギリ大丈夫なはず...なんて、なんの脈略もない訳の分からない言い訳さえ出てくる始末...😅

すべてをシャットダウンしていたにもかかわらず、一番トリガーになってしまうはずの人との連絡手段を遮断しきれてなかった事がそもそもの失敗ですが、スリップまで心の葛藤があったものの、そのトリガーに様々な言い訳を取り繕い結局は再使用に行き着いてしまう。

過去のモモのスリップには、自らの行動を正当化するための言い訳が満載でした。そしてその正当化とは責任逃れの言い訳でもあるんだけど、依存症を背負うものにはどうしても逃れられない責任もあるらしい...。

それは、ダルク創設の近藤さんが言われた言葉でもあるんだけど、

「病気(依存症)だと自覚したら、それを回復させる責任があるという事...」

そこからは誰も逃げることはできなくて、

モモの生き方も、その依存症を背負って生きています...。

🍑

最近、ネット記事の薬物逮捕のニュースを見るたびに、そのコメント欄に書き込まれた辛辣なコメント文に目を疑うことがありました...。

薬物のある生き方、薬物のない生き方、その二刀流で生きてきたモモとしては、今の社会に植え付けられた薬物に対する偏見は、何度見ても絶句してしまいます。

それは、薬物や依存症についての正確な情報、何より逮捕された人がどんな人物かも何一つ知らずにまったくの悪として決めつけ、厳罰一択を推進し、極端な話、死刑制度まで利用すべきだと声をあげている人が一部いる事です。

世界の先進国では、薬物は厳罰ではなく治療に繋げることが一般的になりつつありますが、移民がバシバシ入ってくる日本の状況は、政治に無知で無関心でも無関係ではいられないのと同様に、依存症の事や薬物の事を知らないで、自分の人生に何の影響もなく無関係に生きれるとは言い切れなくなっていませんか...?! 

日本もいずれ、アメリカの薬物汚染に追従していくようにモモは感じています。

だからと言って、今回のお話は、薬物を良いものだとか悪いものだとかを特定するものではありゃーしません。薬物を使用しない生き方をする上での心構えのようなものです。だけど、これで絶対に大丈夫だというものでもありゃーしません。

薬物は、自分の強靭な意志でも抗えないほど魅了されてしまう人も中にはいます。

モモもその一人です。

ただ...法律でもなく、厳罰でもなく、死刑でもない。

治療と行動と繋がりの中で生きる手段を見つけられています。それでもスリップを経験する事は多々ありましたが、そこに罪を感じて悔いるのではなく、諸々の治療を妨げる副作用に注意し、躓いた原因を取り除き、前に進む事の方が大事だと思っています。

 



お読みくださりありがとうございました。🙇‍♀️   モモ

古事記を読んだ?!


~ブレイク~

モモが学生の頃、専門学科の先生がこう言いました。

「天皇は日本の象徴だ...

 お前らが胸につけているバッチ(校章)と同じようなものだと思えばいい」

政治や歴史とは無関係な科目の先生で、生活指導の担当でもなかったのですが、特に訴えているような訳でもなく、目線も合わせず、黒板に書かれたチョークの文字を消しながら、それでもしっかり語られていた言葉です。

モモたちに理解させようと話していたのかどうかはわからないけど、

その言葉は、黒板を消す先生の映像と共に今も記憶に残っています。

何故そんな話が出たのかは今は思い出せないけど、終業のチャイムがなり、先生はそれ以上話を続ける事はありませんでした。モモは言われた通りそのまんま理解して、今までもそういう見方をしていました...。

世間では人それぞれ違う見方をしている人がいるのは理解しているし、今はそれが許される国だとも思っています。

厳島神社

最近になって、天皇や皇室というものを重要視するような言論人の言葉を聞くことが多かったせいか、少し疑問も感じていました。戦後に生まれたモモとしては、天皇を日本人のルーツの根源的存在として見ている人たちが根拠にしているお話がどうしても理解できなかったからです。

その真逆の考え方、天皇制や皇室なんていらないという動画や本も見ましたが、真っ当なお話には感じるものの、今の日本で受け入れられるほどの根拠は感じられませんでした。

戦争体験のある世代やモモたちの親世代、祖父母の世代の人たちと見方は違って当たり前ですよね。

何せ昭和20年までは現人神とも思われていた存在だっでしょ?!  

戦後生まれのモモたちがその虚像を理解するのは難しいけど、昭和天皇も、その後を継ぐ天皇も、その変わり身の早さに、自分の生まれた境遇とか運命に悩む事なく生きてきたのかと思う事がよくありました。

成長する過程で学校教育で教え込まれ、洗脳によって皇室の価値観を植え付けられているモモとしては、今の天皇というものは何のために必要なのか疑問です。

なぜ、あの人たちがいないといけないのか...

選挙に行くようになり、選挙運動にも参加するようになって思ったのは、日本を良くして行こうと公言する保守系の言論人や政治家の人たちは、天皇というものを通して日本人を語られています。

どんなお話もその根拠にされているのは、天皇の過去帳ならぬ、先祖代々の家系と、日本始まりの神話や物語が書かれている古事記であり、日本書紀。モモは共感するためというより、何故そんな考え方になるのかをちゃんと理解するためにも、古事記を読んでみることにしました。

古事記の中に収められている有名なお話は、子供の頃に何度か聞かされたり、お話の最初の部分だけを聞いて興味が出て、オムニバス的に読んだ記憶があります。

全編すべてを読んだのは今回が初めて。読んだと言っても購入したのが半年も前の事...。やっと読み終わったのが最近の事です。

正直な感想を書きます。

モモには日本のルーツが感じられるものではなかったです。それどころか、歴代の天皇はほぼ一夫多妻制で、身分を問わず気に入ればいろんな女性に手を出して子供を孕ませる...。そんな箇条書きの中に、よく知る因幡の白兎や八岐大蛇、神武東征などが綴られている。そんな感じがしました。

史実として語られていない神話でもあるので、この物語の中に日本のルーツの拠り所をモモは感じられなかったかもしれないけど、読み方、もしくは読み込んでないのかもしれないですが、これを読み伝えて読み聞かせる事で、日本という国を本当に知る事にはならないような気がしました。

日本人なら古事記と日本書紀くらいはちゃんと読んでおくべきという思いもあって読んだのですが、神話を含めて、歴史書というものは勝者の視点と都合から書かれているでしょ?! 戦後の日本の歴史も然り、今になって暴露されている史実は目に余るものです。

モモも自分のヒストリーを書いたりしていますが、音楽と違い、自分以外のその全てを理解できるはずではないのだから、自分が自ら感じた事、やった事が主体になると思います。

もしかして読み違えてるところもあるかもしれないので、古事記はもう一度読み返してみたいとは思っています。

本というのは訳する人によっても違いがあるでしょ?!

前回のブログで「近所のおばさん」の追悼ブログを投稿したのですが、その形見分けで数冊の本をいただき、その中に別バージョンの古事記がありました。それも読んでみたいと思っています。

momosukechans.hatenablog.com

ちなみに...古事記を読んだモモの感想をAIに聞いてみたら、自然な感想だと思いますだって😛

🍑

あるYouTuberさんが、今も残る天皇制と皇室をゾンビミカドイズムと称されていました...。

モモは思うのですが、日本人が縄文・弥生から守り続けたものは皇室制度や天皇制じゃないような気がします...。天皇の血統や血筋、それを永続させることよりももっと優先させることがあったと思います。

だからこそ天皇家自身で分裂や揉め事による戦いがあった訳だし、政権さえ手放したり手に入れたりした経緯があったんじゃかいと思っています。

それは、今と同様に、その時代の権力とか利権を守ろうとする人と、平和を愛する人たちの戦いであったような気がします。

今ある日本の衰退は、いやさ、世界の衰退は、もっともっと昔から始まり、続いているような気がします...。

兎にも角にも、日本の天皇が本当に日本のルーツなら...天照大神の直系なら...今の日本の状態を嘆き悲しんで物言うはずだと思ったりするけど...

言わぬが花かい?!

古事記に書かれている事が特定の人間の都合によって書かれていたなら、それを根拠に日本の事を考えることが、最も最善の方法とはモモには思えないんだよね😳

人それぞれだけど......

あなたはどう思いますかぁ...?

 

 

 

お読みくださりありがとうございました。🙇‍♀️   モモ